「波風立てずに、なるべく怒られないように平和に過ごしたい」
毎日そう願いながら職場で息を潜めている。
でも、なぜか理不尽な仕事を振られたり、上司の八つ当たりを受けたりと「不運」ばかり……
ため息をつきたくなりますよね。

そんな悪いことしてないのに
現状を変えようと本を開いてみても、
「自分をかえろ」「覚悟を決めろ」
といった偉人の立派な正論ばかり。
例えるなら、野球やったことがないのに、「いきなりホームランを打て!」と言われているようで、「私には無理だ」となりますよね。
この記事では、吉田松陰の書籍「覚悟の磨き方」の言葉を、日常サイズにしてお届けします。
正論の通りに生きるなんて難しすぎる。
怖い気持ちも、不安な気持ちもそのままで大丈夫。
今日からできる心穏やかな毎日を送るための「ほんの小さな一歩」を一緒に見つけていきましょう。

覚悟とか難しく考えたらあかん
理不尽な不運も自分のせい?

「怒られたくない」が逆効果
資料が完成したので上司に見せたら、その日に限って上司の機嫌が最悪。
普段ならスルーされるような小さいミスをネチネチと詰められ、必要以上に怒られた……
こんな理不尽な出来事に遭遇すると、
「なんて運が悪いんだろう」「なぜ私ばかり」
ため息が出そうになりますよね。

なんで?となる
波風を立てず、ただ平和に一日を終えたいだけなのに。
そんな時に、吉田松陰の言葉は容赦なく突き刺さります。
幸運とか不運というものは、天から無差別に降ってくるものではなく、すべて自分の方から求めているものなんです
「は?上司のイライラなんて、一ミリも求めてないんですけど!」
怒られないように息を潜めて生活しているのに、「あなたが不運を求めている」なんて言われたら、理不尽すぎて本を投げ捨てたくなるやん。
松陰が言いたかったのは「あなたが悪い」ということではありません。
ここには、人間関係における「カラクリ」が隠されています。
私たちは「絶対に怒られないようにしよう」と身構えすぎると、どうしても顔色をうかがうような、おどおどした態度に。
上司に声をかける時も、「今、大丈夫かな…」とオドオドと小さな声になってしまう。
実は、機嫌の悪い人間にとって、この「ビクビクした態度」は無意識に攻撃のスイッチを押してしまう厄介な引き金になるんですよ。
「こいつには何を言っても反撃されない」という本能的なスキを与え、結果として一番の標的にされてしまうのです。

よく怒られる日を思い出して
職場の理不尽を遠ざける「堂々としたフリ」
「怖い」「怒られたくない」と思うのはそのままで構いません。
無理に強くなったり、性格を変えたりする必要はないのです。
吉田松陰が言う「すべて自分の方から求めているもの」を断ち切るには、職場での「ちょっとした動作」を変えるだけで十分。
たとえば、上司に完成した資料を渡す場面を想像してや。
「あの、今よろしいでしょうか……」と消え入りそうな声で、背中を丸めながら話しかけていませんか?
今日からは、そのオドオドした動作を少しだけやめてみて。

え、どうするの?
代わりに、背筋をスッと伸ばし、普段よりワントーンだけ大きな声で
「資料が完成しました。ご確認をお願いします」
言い切ってみてください。
心臓がドキドキしていても、外側だけ「堂々としているフリ」をする。
たったこれだけで、相手が本能的に感じ取っていた「何を言っても言い返してこない弱さ(=つけ入るスキ)」が消え去ります。
結果として、理不尽な八つ当たりという「不運」を未然に防げる。
これってよくないですか?
心をいきなり強くするのはホームランを打つくらい難しいですが、「声のトーン」や「姿勢」を少し変えれるでしょう。
今日から小さなバットの振り方(行動)にしませんか?

猫背の方は注意やで
「どうしたいか?」は、今日のランチ選びで十分

私が大事だと思うのは、ただ、「自分はどう生きたいか?」その方針に従って生活することなんです。
それが人の道というものじゃないでしょうか。
吉田松陰のこの言葉を読んだとき、どんな思いになりましたか?
「そんな急に『どう生きたいか』なんて言われても困る!」
と、耳をそっとふさぎたくなったでしょう。

そんなこと考えたことない
「世の中を変えたい」とか「起業して成功したい」なんて壮大な夢があるわけじゃない。
ただ、毎日を平穏に、なるべく波風を立てずに過ごしたい。
なのに、野球のルールすら知らない自分に、
「大谷翔平のようになりたいと思わないか?」
いきなり将来を決めつけられたような、謎のプレッシャーを感じてしまう。
松陰の「どう生きたいか」は、決して歴史に名を残すような偉業を指しているわけではありません。
たとえば、今日のお昼休み。
本当は温かいお蕎麦が食べたいのに、
先輩「カレーでいいよね?」
自分「はい、私もカレーで大丈夫です」
と無理に笑顔で合わせていませんか?
他にも本当は18時で帰って家でゆっくり休みたいのに、周りがまだ残業している空気を読んで、残る。
松陰の言葉を簡単にすると、こうした「日常の小さな我慢」をやめてということです。
「今日はどうしてもお蕎麦が食べたいから、一人で行ってきます」
「今日は疲れたので、お先に失礼します」
自分の小さな本音に従って行動するが、「自分の方針に従って生活する」という言葉の正体です。
人生の大きな目的がなくても、「今日のランチ」や「帰る時間」という小さな決定権を自分に取り戻すだけでいい。
大谷翔平さんを目指す必要はありません。
まずは「今日のお昼に何を食べるか」という、誰にでもできる小さな選択から、自分の本音に従う練習を始めてみませんか。

今何を食べたいの?
『今日も周りの意見に合わせてしまった…』というあなたへ。
絶対にジャッジされない場所で、少しだけ自分の好きなたべものなどを話してみませんか?
怖いものは怖い。「震えたまま」で進む

「明日の会議で自分が説明しなきゃいけない。失敗したらどうしよう。」
「どんな想定外の質問が来るんだろう。ちゃんと答えられなかったらどうしよう。」
まだ会議すら始まっていないのに、不安で胃が痛くなり、逃げ出したくなりますよね。
そんな時、吉田松陰の以下の言葉を読んでください。
「怖い」「面倒くさい」「不安だ」と思う感情は、過去の偏った経験が作り出す、ただの錯覚です。

いや実際に感じているから
「錯覚ちゃうわ!思いっきり怖いし」「過去に失敗して怒られたこともある」
反発したくなる人も多いでしょう。
おっしゃる通りで。人間である以上、恐怖や不安を「無視」にするなんて不可能です。
松陰が「錯覚だ」と言いたいのは、あなたの感情そのものではなく、頭の中で勝手に膨らませている「最悪のストーリー」についてです。
「質問にうまく答えられなかったら、上司に怒鳴られて会社に居づらい状況になるかも」
といった、まだ起きていない未来への過剰な想像を「錯覚」と呼んでいる。
怖いという感情は消さなくて大丈夫。
手や声が震えていても、心臓がバクバクしていても構いません。
「怖いものは怖い!」と思いっきり認めたうえで、震えながら会議室のドアを開ける。
それだけ、あなたの「不安」「恐怖」はどこかに消えていくでしょう。

立ち止まると不安は膨れ上がるねん
まとめ:「小さな一歩」が、あなたを守る

この記事では、以下の内容について紹介しました。
- ビクビクしてしまう自分を責める代わりに、ほんの少しだけ背筋を伸ばし、声のトーンを上げる
- 「どう生きるか」なんて壮大なテーマは横に置き、今日のお昼に食べたいものを選ぶ
- 失敗が怖くて足がすくんでも、恐怖を無理に消そうとせず、その震える足のまま進んでいく
鋼のメンタルも、立派な覚悟もいりません。
今の自分を変えようとしなくていいんですよ。
「日常サイズの小さな一歩」を踏み出すだけで、あなたの日常は確実に変わります。
理不尽な不運は自然と遠ざかっていくでしょう。

今日から日常を変えてや
一人で「小さな一歩」を踏み出すのが不安なあなたへ
頭ではわかっていても、いざ職場で実践しようとすると、どうしても怖くて足がすくんでしまう……。
それは決してあなたのメンタルが弱いからではありません。
長年染み付いた「クセ」は、一人で解きほぐすのがとても難しい。
「自分に合った小さなバットの振り方を一緒に見つけてほしい」
と感じたら、いつでも私に声をかけてください。
あなたの現在の職場の状況や、一番恐れていることに寄り添いながら、「無理なく今日からできる具体的な一歩」を一緒に探すお手伝いをしています。
震えたままで構いません。まずはここから、一緒に作戦会議を始めましょう。

それでは、また。
バイバイ。

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